第60回記念 松原ぞうすいの会 レポート?
お話と伝統音楽の美しき調べ ペルシャと日本の絆 再び
日 時;2012年5月27日(日)
場 所;松原市総合福祉会館
ゲスト;ダリア・アナビアンさん(ペルシャ文化伝道士)
プーリー・アナビアンさん(サントゥール奏者)
河村真衣さん(サプライズゲスト・サントゥール奏者)
★プーリー・アナビアンさんのプロフィール
イランの首都テヘラン生まれ。5歳からペルシャ伝統楽器サントゥール奏者として、
放送やコンサートに出演。イラン国立テヘラン大学音楽学部ピアノ科卒業。1978
年に日本初、ペルシャ語会話辞典「みんなのペルシャ語」を出版。1983年に放送
されたNHKドラマ「壬生の恋歌」の主題歌をはじめ、みんなのうたの「イランの
子守唄」やFM番組に放送出演。NHK文化センターの公開講座「シルクロードの
音楽」のレクチャーコンサートなど、各地で800回以上演奏を行う。
☆☆☆ サントゥール奏者、プーリー・アナビアンさんからのメッセージ ☆☆☆
「音楽を通じてペルシャと日本の文化交流を進めることが私の願いです。」
河村真衣さん(左)は、プーリーさんの大阪音大の教え子。
耳が本当に良くて、作曲に、楽器演奏に類まれな才能を持つ。
今ではプーリーさんの良きパートナーに。
二人の息のぴったり合った幻想的でスリリングな演奏に、会場はシーンとなりました。
エキゾチックなペルシャ楽曲のあと、アンコールの拍手が。
「五木の子守唄」の演奏。意外にも日本の曲のプレゼントがあり、会場もサントゥールの地平の広さを堪能しました。
プーリーさんいわく、チューニングが若干日本の音楽とは違うそうですが、素人耳には分かりませんでした。
演奏後に二人はすぐに立ち上がって、深く手を握り合いました。
見ている私たちにも感激的な瞬間でした。
サントゥールやペルシャ、お二人の魅力をもっと知りたければ、アナビアンHPを見てください。
サントゥール――ピアノの祖先
台形の箱は、音色と強度に関して最も適している胡桃(くるみ)材で作られている。72本の弦は、4本ずつに分けられた束が18あり、ぜんぶで72本になる。同じ音に調弦された4本の絃が、“小ろば”という柱に持ちあげられている。4本の弦の束は、
同じ音に調弦され、真ちゅう弦と鋼絃が交互に並んでいる。しんちゅう絃は2オクターブ、鋼絃は1オクターブ。1オクターブが9のトーンに分かれていて、全部で27の音が出せる。
サントゥールは、曲によって音階を変えなければならないが、その調弦に時間がかかる。そのために、一回の演奏会に数台のサントゥールを持っていくことも稀ではない。
直接、撥で絃を叩くので、ピアノの祖先だということが理解できる。撥は、非常に細く、長さ25センチで重さ1.5グラムしかなく、フェルトを付けた先で叩く。
サントゥールの歴史
すでに紀元前3000年のアッシリアでこの楽器の原型が見られる。古代においては、絃は、羊の腸で作られていた。13世紀、シルクロードの交易が盛んになると、絃は絹で作られた。現代では神秘的な音を出す真鍮と鋼へと変化した。のちヨーロッパに渡ったこの楽器は、鍵盤や足や蓋がついてピアノに発展した。
イランでは、サントゥールという名称で呼ばれているが、世界各地で異なった名称で愛用されている。中国では、楊琴(ヤンチン)、アメリカではダルシマと呼ばれている。日本は江戸時代に サントゥールは洋琴(ヨウキン)又は夜雨琴(ヤウキン)という名前で紹介されるが、その後長い間忘れ去られた。
昭和58年にNHKの大河ドラマ「新選組」の中でのサントゥールがプーリー・アナビアンの演奏によって、新たにその音を響かせた。以後日本各地の演奏会でペルシャ音楽を伝え、この楽器が知られ、注目されるようになった。
現在、プーリー・アナビアンは、大阪音楽大学や青少年センターの若者達にこの楽器を指導している。
長年日本で活躍しているサントゥール奏者、プーリー・アナビアンのメッセージ―
「音楽を通じてペルシャと日本の文化交流を進めることが私の願です。」
ペルシャ音楽について
ペルシャ音楽は5000年の歴史があり、鳥の声を模倣したのが始まりと伝えられている。天高く舞い上がる鳥は、精神を高揚させる音楽に発展していった。鳥の歌う調子を元に、その抑揚とリズムから影響を受け、幅広くたくさんの旋法が生まれてきた。ペルシャ音楽には12の旋法がある。ヨーロッパ音楽には短調と長調の2種類の旋法があるだけである。音程は、ヨーロッパ音楽では1オクターブを12の半音に分割するが、ペルシャ音楽では24の四分音に分ける。さらに微妙な音程を必要とするので音程は無限分割されていく。リズムも自由自在に変化し、これらを組み合わせた即興演奏がよくなされる。